ぶりっこ問題

ぶりっことは、そもそもどういった定義なのだろうか。猫かぶってる人のこと?それとも、かわいこぶってること?

「ぶりっこ 意味」でググってみたら、『主に女性が男性の前でわざとらしく甘えたり、女らしさや可愛らしさをアピールしたり、いい子ぶったりする様子。』みたいな感じのことが、ほとんどのサイトに書かれていた。うーん、なるほど。

あくまで、これまでの感覚だけど『女子に嫌われる女子ランキング第1位』はぶりっこであるとわたしは確信している。周りの女の子からすると、その嘘っぽさというか、ハリボテ感が「本当はそんなんじゃないくせにちやほやされちゃって…!けしからん…!」って感じに思われて勘に触るのではないかと思うのである。

かくいうわたしも恋人や好きな人に「◯◯ちゃんってほんま優しくていい子やんな。」的なことを言われ、「いやいやあの子はいつもそんなんちゃうし、それならわたしだってまあまあいい子や!お前の目は節穴か?!」と思いながらも、かわいい女の子の悪口を言って「僻みブス」のレッテルを貼られるのが恐ろしく(実際まあまあ僻んでもいるのだが)、ドス黒い感情をぐるぐると渦巻かせながらも「そうだね〜!」って言ったことがある。100万回くらいある。しかし、そんなことはもうどうでもいいのだ。僻みブスは自分だけが心の中で慰めてやれば良い。

わたしが問題だと感じていること、それはずばり、ぶりっこ狩りである。

ぶりっこをかわいいよね〜と思う人はそれでいい。その人はそういう感性だというだけの話なのだから。しかし、ぶりっこ狩りをする人は、必要以上にぶりっこを敵視し、ぶりっこな振る舞いをやめるよう要求してくるのである。

何で?ぶりっこが気に入らないなら、ぶりっこ狩りは良いんじゃいの?とお思いの方も、恐らくおられるだろう。しかし、何を隠そう、わたしはぶりっこが好きじゃないっぽいことを言いつつも、ぶりっこ狩りの被害に遭うことがかなり多いのである。

言い訳のように思われるかもしれないが、別に意識してぶりっこをやっているわけではない。いつの日か、ちょっとかわいこぶって、かわいい振る舞いを意識したことこそ、あるかもしれない。しかし、そうやってかわいこぶってやっていたことさえも、いつの間にか板についてしまった。プロのぶりっこと言っても過言ではない。板についているということは無意識にぶりっこを発動しているということで、その“わざとらしく”という定義に基づけば、それはもはやぶりっこではなく、とっくにわたしの個性となってしまっているのだ。

そんな1個性を否定される。立派なモラハラである。昔好きな人に「ぶりっこやめて。」と言われた時は心の底から死にたかった。やめようと思って、簡単にやめられるものではない。多様な個性の尊重が謳われる世の中なんだから、ぶりっこだってそういった性格とか生き方もあるよねって、認めてくれたっていいじゃないかと思うのである。

ぶりっこは個性だ。ぶりっこに人権を。これからもわたしはぶりっこ代表として、ぶりっこ狩りへのアンチテーゼを唱えていきたい。